そふのし

12/25の朝、母方の祖父が死にました


93歳…約1ヶ月前に2度目の脳梗塞で倒れ、意識はボンヤリと戻ってはいたものの時間の問題と医者に言われていた上での死でした
なので、それほどのショックもなかったのですが…


医師から危篤状態になったとの連絡があったのが午前4時過ぎ
両親はそれを聞いて病院へと駆けつけました
私はその頃、家で就寝中


午前5時54分に死亡
両親はそれに間に合ったのですが、私は当然間に合いませんでした


実は祖父、もう10年以上前から自分が死んだら献体すると遺言を残し、様々な手続きをしていたんです
無論、私もその事実は知っていましたが


私も今まで知らなかったのですが、献体というのは何種類かあるそうなんです
通常は死亡48時間以内に通夜や葬儀を済ませ、火葬場へ行くかわりに遺体を大学なり病院なりに運ぶという手順になるんだとか
ところが献体で一番貴重なのは死んだ直後に持って行き、人間の死のメカニズムを調査するというものなんだそうですよ
これは早ければ早いほど良いので、死亡30分以内に連絡すると2時間以内くらいで引き取りに来てくれるんだとか
祖父もどうせやるのならばとその早いやつで申請をしていました


私が病院についたのは午前8時前
既に遺体が運ばれようとしていた時でした
もう車に積んだ後だったので、対面は無し
喪服に身を包んだ病院の係員が挨拶にいらしたのですが、その辺の葬儀社の若手なんかよりもよっぽど丁寧で真摯でしたよ


あとで聞いた話なのですが、遺体の洗浄から服を着せるのまで全て丁寧にしてくれたそうです
それはやはり死してなお、医学の道に身を捧げる献体提供者への感謝の気持ちとでもいうのかもしれません


でね、結局死亡2時間で肝心の遺体がなくなっちゃったのでその日はそれでおしまい
通夜も葬儀も無し
1ヶ月くらいしたら親族でお別れ会でもやるかと仮日程を決め、解散
その日はそれからフリー
元々、午後から友人と約束があったのですが、さすがに遊びに行く気は起きず、家で年賀欠礼のハガキを作り、夕方は笑点を見ながら酒を飲んでました


倒れてから見舞いには行っているのですが、元々別々に暮らしていたというのもあって、祖父が死んだという実感が無いんですよね
結局、遺体そのものは見ていないし、通夜〜葬式といった一連のセレモニーもなかったのですから
遺体を運んだ霊柩車が出発するとき、祖母が「最後のお勤め、気をつけていってらっしゃい」と涙をこらえながら見送っていたのは印象的だったのですが


今回の祖父の献体はもう10年以上前から散々言い聞かされていた事だったのですが、それでもどこか違和感というのを感じずにはいられませんでした
それは私が知っていた「死」の常識から大きく外れたものだったからだと思います
私は献体の申請はしていませんがドナーカードとかが一般的になる10年以上前からアイバンクや腎臓バンク、骨髄バンクといったところに登録をしています
無論、今もドナーカードは持っています
これらも時間との戦いなわけですから、自分は十分理解をしていても、やはり残された遺族の気持ちになってみると複雑なものがあると言わざるを得ないでしょう
ドナーカードを持っている私ですらそういう感覚になってしまったのですから、そうでない人にとってはもっと感じる部分かもしれません
そう考えると、祖父はその死をもって私にもう一度「死」というものや臓器を提供するものの覚悟といったものを考えさせてくれる機会をくれたのかもしれませんね


献体の方は毎年10月に献体提供者全員の合同慰霊祭があるのらしく、遺体は骨になって平成19年の5月に帰ってくるそうです
それまで残された祖母が無事健康でいられることを祈るばかりです